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zoom RSS *下手の一念 《9》

<<   作成日時 : 2006/08/15 17:55   >>

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 何をやっても下手だから、やれない、できない、とりかかれないと多寡をくくっている人は、物事を習う心構えの炎さえ消え失せてしまうことにもなりかねません。自分で学び取るという自習の≪≫は、雛鳥が成長し、飛び立つために何度も何度も羽根を動かす形に由来し、≪≫の下部にあたる<>は、<の変形であり、飛び立つために自分で羽根を重ね合わせてトレーニングを積み重ね、やがて巣立ちの時を迎え、青空へパッと飛び上がった時、鳥の羽根が光に透けて白く綺麗に見えるその美しさを表しています。中国最古の文字解説書『説文解字・せつもんかいじ』に拠れば、≪≫は「数飛也」とあり、「数を重ねて飛ぶことなり」という意味がつけられています。

 ≪時習・じしゅう≫という言葉があります。「子曰<い>わく、学びて時に之<これ>を習う。亦<ま>た説<よろこ>ばしからずや。」 ≪時習≫は『論語』第一章にある始めの文言に由来しています。一度だけ学んだからといって、それでわかったような気がしていては何にもならない。人は一度学んだことを折に触れて何度も何度も復習し、練習してこそはじめて学んだことの真意が体得できるのであり、その体得のよろこびにこそ学ぶことの楽しみがあると説かれています。また、『論語(紀元前450年成立)』よりも150年前に成立を見た『書経・しょきょう』に拠れば、「習いは性となる。」という言葉があります。人は常に習うという習慣が身につくと、終<つい>にはそれが生まれつきの天性と同じになってしまうものであると述べています。この言葉は中国最古代の名帝と称えられている湯王<とうおう>に仕え、世の中を調和して治める術を提言したと伝えられている殷の賢人・伊尹<いいん>が殷の太宗・太甲に申し述べた言葉とされています。

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